『すぐに行くから』(江蓉)
江蓉というかいばら真っ盛りというか。
相変わらずストック(というより忘れ去られてたSSの破片)放出で失礼。明日で一区切りです。
電話の向こうに、涙の気配。
密やかにすすり泣くことすら自分に許さない、強く正しくあろうとする蓉子の綻びがはらはらと伝わる白い子機。握りしめたまま、私はその場しのぎの話題を作り出す。
糸電話のように単純で分かりやすい結びつきなら良かった。単一の振動だけで伝えられる現実ならばもっと安易に対処できた。
文明が生み出した複雑な回線に、その先でじっと堪えている蓉子を多少なりとも変質させられたようであまり良い気分ではない。
「すぐに行くから」
もう少しの辛抱だから、と、ぴんと張りつめた琴線には触れぬよう囁く。無意味だからやめなさいとここから断ち切ってしまっては、糸の切れた蓉子を抱き止めることができないから。まるで事切れたかのように落ちてくる、精神を掬いとり強引に繋ぎ止めるには目の前でなければならない。
そんなに傷つくなら、見なければいいのに。
夏休みを返上して、わざわざ学校まで苦しみに行くなんてただの馬鹿だ。報われない恋を確かめないではいられない精神を自分では殺せないから棘だらけの循環を繰り返す蓉子。その一部に組み込まれた私はといえばわざわざしがみつきやすい服を取り出し走りやすい靴を履いている。どうせそろそろだと思っていたからすぐに終わる支度。
傷つくのが嫌ならば、私も行かなければ良いのだ。
は、と漏れた自嘲は不合理な私の行動を責め立て、されど止めることはけしてなく。蒸し暑くどこかで蓉子と直に繋がっている空気にそのまま消えていった。