(no subject)
中等部修学旅行? 林間学校とかでも良いですが。
いつかの会話文とほんのりリンク。呼び捨てに踏み出すきっかけが蓉子からだったら面白いよなあ、なんて。
「あれ、聖さん、もう寝てしまっているの?」
消灯まで間もない、とはいえ5分やそこらではない。大人数でのトランプに一区切りついて、仲の良い子どうしでなんとなく固まっている、隙間の時間。疲労感と高揚感がミックスされて、私は前者の方がちょっと多い。
「聖さん?」
声をあげた彼女がぱ、と向いたのが私だったから。痺れかけた足は気取られないように気をつけながら、立ち上がって歩み寄る。
ぱっと色白さが目に飛び込み、それからあちこちに視点が跳ねた。すっきりとした鼻筋、常人よりずっと長く睫毛に落ちる影。無造作に投げ出された腕。どぎまぎして、顔を赤らめかけて、慌てて取り繕う。
「さ、とうさん?」
口をついたごまかしはちっとも役目を果たしていなかった。周りが一瞬静まり返って、ああこれが頭の中だけでの出来事なら良いのに、と強く思う。脳に血が足りない。
「もう、何を言ってるのよ、蓉子さんったら」
思ったより早く沈黙を破ってくれたのは明るいクラスメート。
「聖さんで起きなかったから、他の呼び名で試してみようかなって思ったのよ」
ふふ、と笑ってみせる。きゃあきゃあと反応、家で聖さんなんて呼ばれてるのかしら? 呼び捨てかちゃんづけが妥当じゃないの? あなたは? お姉ちゃん、かしら。弟がいるのよ。 わあ、素敵ねえ。
渦巻く会話に曖昧に交ざりながら、呼び捨て、という単語だけ流し聞き出来ずに突っかえた。さんづけが基本の学園の中、たまに親しげに呼びあっている子達がいる。香住とかさくらとか、ふわふわとした雰囲気は変わらないのに、とても自然に。
……聖。
喉の奥だけで作り出されたことば。分かってる、彼女にとって私は特別だけれど、それは負の方向に対してだ。冷淡、憎悪、私のいる位置に対する侮蔑。
優等生、なんて。羨ましがられる役回りじゃないことくらい承知してる。だからこれくらいで、私の頭の中の聖さんに馬鹿にされたくらいで、諦めたりなんかしない。
せい
独り遊びは酷く甘かった。適当に話を切り上げ、ハイティーンに片足を差し入れるときめきで盛り上がる話の渦から離脱した後も、私はしばらく眠れなかった。枕の上を飛び交うのは、恋慕や悪口より高等部の話題が多い。よく知らない単語ばかりなら、気にせず自分の世界に没頭できた。聖、と私しかいない世界。
ぎゅっと目を瞑る。瞼の裏に痛みを感じるくらい、強く。私にばかり都合の良い想像を必死で追い出そうとする。唇が震えた。
現実とのギャップに泣くくらいなら、明日の朝は呼び捨てで起こしてやろう。いつまでも振り回されるだけじゃ、やってられない。
そう思いながら、私は眠りにと落ちていった。