あまさいく
最初の一文ってこの間もやったしだいぶ前にもあったネタだなーと思ったので江利子のせいにしました。蓉子さんが。
聖蓉ですが江利子が出てくるのでつまりそういうことです。
縫い止める虫ピンとなる聖の腕は細いのだ。DVに限りなく近いことすらある行為を受ける側の私が、千々と化した意識で思わず心配してしまうほどに。聖は柔らかく、脆い。どこかの一瞬を切り取れば、ストックホルム症候群と見紛うかもしれない。誰に見られるわけでもないのに夢想は具体化し、呻く私は聖の美しさを彩る添え物となって画面に埋まっている。聖の寝室の壁紙。ワンルームなのだから本当は寝室という表現は正しくないが――あれほどじっくり見ている壁はもはや独立した区画を形成している気がする。注視するときは大抵焦らされていて、ぼんやり見詰めるのは果てた後。聖に気取られたくない感情が浮かぶと目を閉じる。痛いのは知られていい、けれどこの哀れみはただの毒だ。
「また、腕のこと考えてるの?」
聖のこと、と言わない江利子を睨みつける。勿論こたえる風もない彼女はひらひらと手を振って、私を嘲笑った。そうかもしれない。そうなのだろう。腕のこと、なんて江利子が形づくるから、私はここに来るとつい聖の細腕について思考してしまうのだ。
江利子が言うなら、そうなのだろう。
「お茶、「要らない」
私が望まないから変わらない空気が、変わってしまうのは耐え難かった。江利子がいっときいなくなるのも。聖に何本突っ込まれても、(品のない言い方が似つかわしいことは不本意である、一応。)毛羽立った縄が血流を滞らせても、私を怯えさせはしない。たとえ包丁を胸元に突きつけられても、いや突き立てられてさえ私は平常でいられる気がする。凪いだ心に踊る、歓喜と憐憫。
私の愛を紐解いた先は畢竟。
「やわい手ね」
これは恋人繋ぎ、と言っただろうか。
炬燵の天板についた江利子の肘に視線を固定する私は、この部屋の何を切り取っているのだろう。
触れ合う指に血が集まる。どうしようもなく泣きたい私に、目頭をおさえることも許そうとしない。
苦し紛れの抵抗に、罵ったのは愛の不在。聖が好きだ。愛している。聖は笑っては、くれないけれど。
伝う滴をぬぐったのはからまったままの私の指先だった。江利子が拭き取った。ねえ江利子、私の身体が私の意思を離れると、安心するの。毒がめぐるの。聖は私に、何をして欲しいのかしら。
「ばかね」
ぽつぽつと涙より少ない吐露が、抽象の両断にされるのを心待ちにしていた私が漏らした吐息は、聖に抱かれるときより甘かった。そう、飴細工の籠にしがみついて、思う。